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卒業式が近づく春の風が、校舎の隙間を通り抜ける。
今年の冬はことのほか寒かったけれど、ようやくその名残も和らぎ、日差しがやわらかくなってきた。
保健室の窓から見える桜のつぼみは、ほんのりと色づいていて、あと少しで咲き始める予感を抱かせていた。
奈那子は、保健室の机に座って、日誌に今日の記録を丁寧に書いていた。
「奈那子先生、今日って、午後の予行練習、でしたよね?」
振り返ると、ドアの隙間から顔を覗かせたのは、早苗だった。
その後ろからは、長野と常盤も控えめに顔を出す。
「そうよ。みんな、ちゃんと出る準備できてる?」
「うん。でも……」
そう言いながら、早苗がちらりと保健室の奥を見た。
視線の先には、椅子に座って静かに窓の外を見ている酒井さんがいた。
「卒業式、酒井っちがいないのって、なんか変な感じするよね」
早苗の言葉に、長野が「なあ、なんか足りないって感じ」と同意し、常盤も「オレも思ってた」と続けた。
酒井さんはその言葉に小さく笑った。



