すると、來がふっと口元を緩めた。
「でも、大丈夫だよ」
「え?」
「酒井さん、ちゃんと前に進んでる。保健室でのあの感じ、俺は結構好きだよ。あの子、もう一人じゃない」
私は歩みを緩めて、來の顔をちらりと見上げた。
少しだけ照れたような、でも確信に満ちた眼差しだった。
「……うん。そうだね」
私たちはそのまま、校門からのびる坂道を、いつもより少しゆっくりと歩いた。
赤く沈んでいく夕日が、私たちの影を長くのばしていた。
この学校に来てから、何度も感じてきたことがある。
「先生」っていう言葉の重み。
「居場所」っていうものの大切さ。
そして今――。
少し先の未来を考えるたびに、私の中にもまた一つ、新しい願いが芽生えている。
酒井さんに、ちゃんと続いていく道がありますように。
私が、その道の途中に、そっといられますように。
ふと、來が私の手を握った。
「帰ったら、鍋でもする?」
「……うん。白菜と豚肉のやつ、好き」
寒さの中、手のぬくもりがやさしく広がった。
春の準備は、もうすぐ整う。
そして私たちもまた、静かに、次の季節を迎えようとしていた――。



