電車がホームに入ってくる音がして、少しだけ風が吹いた。
「なあ、奈那子」
「うん?」
「早く帰って、あの子たちに顔見せないとな」
「きっと、酒井さんも、早苗も、あの男子コンビも、待ってるよな」
「うん」
私はその言葉に、自然と笑っていた。
「來、あのさ……」
電車のドアが開く直前、私はほんの少し勇気を出して、彼の顔を見上げる。
「ねえ、來。これからも、ちゃんと毎日、あなたと歩いていきたい」
「“夫婦”としてじゃなくても、誰かの役に立てる先生でいたいし……でもその前に、あなたの隣にいる“私”でいたいの」
來は言葉を挟まず、静かに、まっすぐに私を見つめた。
「うん。俺も」
そのひとことに、どれだけの想いが込められていたか、私は全部知っているつもりだった。
電車の中、來は私の手を離さずに、車窓の外を眺めていた。
流れる景色に、昨日までの日々を重ねながら。
きっとまた、何度でもすれ違ったり、戸惑ったりするんだろう。
それでも、私たちはきっと大丈夫だ。
だって今は、ちゃんと手をつないでいるから。
ちゃんと、前を向いているから。
そして、私は心の中で、そっと言葉を結ぶ。
――“ふたり”でいることが、あたりまえになる日々が、きっと、わたしたちのはじまり。



