夫の一番にはなれない



***

午後の授業が始まって、保健室にはいつものように静けさが戻ってきた。

カーテン越しの光が柔らかく差し込み、わたしは机の上で整理していた出席記録に赤ペンを走らせる。


ソファの端に座った酒井さんは、早苗さんが戻ったあとの余韻のようなものに包まれていた。

さっきまでふたりで話していたアニメの話題は尽きることなく、笑い声が響いていたけれど、今はすっかり静かになっている。


ふと、酒井さんがぽつりとつぶやいた。


「……なんかさ、やっぱり、一緒に卒業したかったな」


その声は、かすれるように小さくて、けれどはっきりと届いた。


「早苗たちと、同じタイミングでさ」


わたしはペンの動きを止めて、そっと彼女のほうを見た。

下を向いたまま、長い前髪が揺れている。


「せっかく仲良くなれたのに、クラス違っちゃうし。卒業式も一緒じゃないと思うと……やっぱ、ちょっと寂しいかも」


言いながら、酒井さんは照れ隠しのように笑った。

けれどその笑顔の奥に、確かな悔しさと寂しさがにじんでいるのがわかった。