夫の一番にはなれない



わたしは記録ノートを閉じて、そっと視線を落とした。

大人が何を言うよりも、同じ年頃の子の一言のほうが、何倍も心に届くことがある。


「おーい、じゃあ今日はなに話す?」

「アニメの話、続きがあるんじゃなかったっけ?」

「酒井の好きなキャラってさ、あのメガネの……」


会話は、自然と昨日までの流れに戻っていった。

特別なことじゃない。


好きなものの話をして、笑って、からかって、突っ込んで。

そういう些細なやり取りの中で、「自分がここにいてもいいんだ」と思える。


それが、どれほど尊いことか。


わたしはベッド横の植物に水をやりながら、ふと心の中でつぶやいた。

——こういう関係が、きっと救いになるんだよね。


酒井さんは、今も完全には笑わない。

でも、少しずつ表情が和らいでいくのがわかる。


それをそばで見ていられることが、どこか誇らしくも思えた。



帰り際、長野くんと常盤くんは、わたしに向かって手を振ってから保健室を出ていった。

酒井さんは、それを見送ったあと、ポツリとつぶやいた。


「……クラスメイトに名前で呼ばれたの、久しぶりだったな」


その背中が、少しだけ光に溶け込んだ気がした。

そしてわたしもまた、あの2人にそっと感謝するのだった。