保健室の“常連”である早苗さん。
教師嫌いで、しょっちゅう授業をサボってはやってくる彼女が、唯一普通に話してくれる相手が、どうやらわたしだけらしい。
信頼されているのか、それともただ居心地がいいと思われているだけなのか……。
「何かわかったら教えてね。まずは滝川先生に伝えなきゃだけど」
「うん、わかった」
來の名前が出た瞬間、胸の奥がほんの少しだけざわついた。
きっとわたしたち夫婦の会話が増えるのは、こういう“業務連絡”ばかりなのだろう。
それでもいい。仕事でもいい。
來と、もう少しだけでも言葉を交わせるなら――。
わたしは、変わりたいと思っているのだろうか。
このまま何も変わらない関係を、静かに終わらせたいのだろうか。
答えの出ない問いが胸に残ったまま、窓の外から生徒たちの声が聞こえてきた。
登校ラッシュの時間。
笑い声と足音が、校舎に朝の空気を運んでくる。
この子たちの中に、誰にも言えない悩みを抱えている子がきっといる。
見えない傷を抱えて、無理に笑っている子もいる。
それでもわたしは、ここにいる。
生徒が寄りかかってもいい場所として。
……そして、誰かに寄りかかる方法を、少しずつ学ぶために。



