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早苗が保健室に顔を出したのは、ちょうど三時間目と四時間目の間の短い休み時間だった。
「酒井さん、これ見た?昨日の夜の新作、めっちゃ良かったよ!」
そう言ってタブレットを抱えた早苗が、酒井さんの机の隣にすとんと座り込む。
酒井さんは一瞬驚いたように目を見開いたけれど、そのあと小さく頷いて「見たよ」とぽつりと答える。
「あのシーンやばくなかった?主人公がさ、あんなセリフ言うとは思わなくて……」
早苗が勢いよくまくし立てると、酒井さんの頬がふっと緩む。
奈那子はそのやりとりを、書類整理の手を止めながらそっと見守っていた。
あの酒井さんが、こうして同級生と自然に会話している。
それだけで胸の奥がじんわり温かくなる。
教師ができることには限界がある。
だけど、こうして“誰かと心を通わせる場所”があるだけで、人は変われるのかもしれない。
保健室が、酒井さんにとってそんな場所になっていることが、奈那子には何より嬉しかった。



