夫の一番にはなれない



「俺さ、ずっと……残ってほしいと思ってた」


奈那子は、胸の奥が一瞬熱くなるのを感じた。

息をのんだまま、振り向くことができない。

でも、その重みのあるひとことが、心にじわりと染み込んでいく。


「言えなかったけど」

「……ううん。言わなくても、なんとなく、わかってたかも」

「それでも……言いたかった」


來の声は、低くて優しい。

その言葉は、まるでずっとあたためていた想いがにじみ出たようだった。


奈那子はゆっくりと背中越しに手を添えた。

來の体温が、じかに伝わってくる。

自分の体温も、確かにそこに混ざっていく。


キッチンの灯りの下。

ふたりはそのまま、時間が止まったように抱きしめ合っていた。


それは熱くもなく、劇的でもない。

ただ、お互いの気持ちが静かに交差する、日常の中の確かなぬくもりだった。


やがて、來がそっと奈那子の髪を撫でて、優しく額に口づける。


「……おつかれ」

「うん、ありがとう」


小さな“選択”が、ふたりの間の距離を、また少し近づけていた。

今この場所が、きっと、自分の帰る場所だ。

奈那子は、來の腕の中で、そっと目を閉じた。