夫の一番にはなれない



「でも今、こっちで……星坂高校でやりたいことが、あるんです」

「……そうですか。正直、残念ですけど、滝川先生らしいなと思いました」

「え?」

「うちの生徒にとっても大事な先生を迎えられたら嬉しかったけど、でも、今の星坂での先生の姿が目に浮かぶんですよ。……ああ、この人はあそこにいるべきだなって」


奈那子は思わず笑みをこぼした。


「ありがとうございます」

「こちらこそ。無理を言ってすみませんでした。また何かあったら、ぜひ連絡させてください」

「はい。ありがとうございました」


通話が切れると同時に、しんとした部屋の空気が音を取り戻す。

リビングから、コトンとグラスの音が聞こえた。


「もう、決めた?」


キッチンの入口に來が立っていた。

スウェット姿の彼は、グラスを片手にこちらを見ている。


「うん。断った」

「……そうか」


來は何も言わずに、グラスをキッチンのカウンターに置くと、すっと奈那子の背中に腕を回した。

後ろから、そっと抱き寄せる。

その腕は優しくも、どこか決意のようなものがこもっていた。