夜、帰宅して夕食を終えたあと、リビングのソファで一息ついていると、來が隣に座った。


「今日、酒井さんどうだった?」


テレビの音を少し小さくして、彼が静かに尋ねる。


「うん。……“おはよう”って、言ってくれた」


それを聞いた來は、わたしの方に身体を向けて、少し口元を緩めた。


「じゃあ、今日はお祝いだな」

「お祝い?」

「“おはよう”が聞けた日なんだろ?それって、きっとすごく大事なことだから」


彼の言葉に胸がいっぱいになった。

彼は、いつだってわたしよりずっと冷静で、でも誰よりもあたたかい。


「……うん、そうだね。ありがとう」


そのとき、來がソファの背もたれにわたしを引き寄せる。

肩を包み込むように抱き寄せて、静かに唇を重ねた。


深くも、長くもない。

ただ、確かにそこにある“愛しい”という気持ちを、そっと伝えてくれるキスだった。


わたしたちは、ようやく“先生”と“夫婦”のちょうどよいバランスを見つけ始めたのかもしれない。


明日もまた、酒井さんの“おはよう”を聞けるように。

そして、來とこの日常を丁寧に続けていけるように――


そう願いながら、彼の肩にそっともたれた。