「おはよう、酒井さん。来てくれてありがとう。どうぞ、中へ」


酒井さんは頷く代わりに、小さな歩幅で保健室へと足を踏み入れた。

彼女の一歩一歩が、とても大切に思えた。


今日の朝は、きっと、彼女にとっても“合図”だったのだ。

また歩き出してもいいかもしれない、そんな合図。


それからの時間は、本当に静かだった。


彼女は自分から多くを語ることはなかったけれど、ベッドの脇に座って、窓の外を眺めたり、小さなノートを開いたりしていた。


「体調は、大丈夫?」


そう尋ねると、彼女はかすかに頷いた。

その仕草に、わたしは安心と共に、また胸が熱くなるのを感じた。


昼前、彼女はそっと帰っていった。

無理をせず、ほんの少しの時間だけ居てくれたことが何よりも嬉しい。


そして帰り際、わたしが小さく問いかけた。


「また、来てもいい?」


彼女は少しだけ視線を上げ、そして……とても小さく、でも確かに頷いた。

それだけで、わたしは今日という日が“成功だった”と感じられた。