朝の保健室には、いつもと変わらない静けさがあった。
まだ始業前の校内はひんやりと静まり返っていて、わたしはひとり、窓を開けて空気を入れ替えながら、机の上の書類を整えていく。
カーテンの揺れる音。消毒液のわずかな香り。
日常が繰り返される場所。
だけど、今日は少しだけ違う。
ここに、ひとつの変化が訪れるかもしれない。
それは、酒井さんが今日から保健室登校を始める、ということ。
わたしがその知らせを聞いたのは、一昨日の夜だった。
來が家庭訪問から戻ったあと、「本人が保健室なら行ってもいいって言ってた」と、あの静かな声で告げた。
その言葉を聞いたとき、思わず胸の奥がじんと熱くなった。
わたしの、ではなく、彼女自身の意思で“また一歩”踏み出してくれたことが、なによりもうれしかった。
「……さてと」
机に広げた記録簿を片づけながら、わたしは大きく息を吐いた。
わたしが緊張してどうする。今日は彼女の“はじまりの日”なのに。



