「早苗さんのこと?」と訊ねると、早川先生は首を横に振った。


「今日は馬淵さんの件なの。ねえ、あのグループ……酒井さんのこと、いじめてたんじゃないかしら?」


その名前に、わたしの背筋が少しだけ伸びた。

酒井さんの不登校が始まって、來が何度も保護者と連絡を取り合っていることは知っていた。


「いざこざがあったって聞いてはいるけど、はっきりしたことは分からないのよね。酒井さんとはまだ話ができていないし、クラスの子たちも“何もなかった”って言い張ってるみたい」

「滝川先生、かなり頻繁に教室に顔出してたみたいだけど……。でも、教師の目の前でやるわけないしね」
「そうね。今はSNSで完結するいじめも多いし、証拠も残らない」


いじめの早期発見が難しいことは、この職場に入ってから嫌というほど思い知った。

見えないところで起きるものほど、対応が難しい。

そして何より、いじめられた側が「大丈夫」と言ってしまえば、事実の掘り起こしは一気に困難になる。


「そういえば、酒井さんと早苗さんって、去年同じクラスだったわよね?仲良かったんじゃなかった?」

「……うん、確かに。さりげなく聞いてみようか。今なら、わたしにはまだ話してくれるかもしれないし」