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夕食を終え、皿を洗う來の背中を、わたしはダイニングの椅子に座ったまま見つめていた。

何も言わず、黙々と水を流す音だけが響く。


ほんの少し前までは、こんな穏やかな時間が流れることすら信じられなかった。

あの酒井さんからもらった手紙は、今もキッチン横の棚の中に大切にしまってある。


あの子の「がんばってみます」という短い言葉が、わたしの心をどれほど震わせたか、來は知っている。


そして、その夜からずっと、胸の奥がざわついている。


――わたしも、言わなくちゃ。

そう思ったのに、まだ言えずにいた。


「……ねえ、來」

「ん?」


水音が止まり、來がスポンジをすすいでいる。


「ちょっと、話したいことあるんだけど」

「うん、何?」


振り返った來は、タオルで手を拭きながらわたしの隣に腰を下ろした。

その動作が、以前より少し柔らかくなっている気がした。


気のせいじゃない。

最近の來は、わたしの隣にいるとき、少しだけ安心したような顔をしている。