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夜風が窓の隙間を抜け、カーテンをやわらかく揺らしていた。

奈那子はキッチンに立ち、煮物の火加減を確認していたが、心ここにあらずという様子だった。


時計の針は、午後七時を回っている。


來はまだ帰ってこない。

今日の家庭訪問が長引いているのだろうか――そう思いながら、奈那子は鍋のふたを静かに閉じた。


しばらくして、玄関の扉が音を立てて開く。


「ただいま」


來の声が聞こえたとき、奈那子の胸の奥が少しだけ跳ねた。


「おかえり。遅かったね、どうだった?」


來は靴を脱ぎ、カバンを手にしたままリビングへと足を踏み入れた。


「……うん、今日ね。酒井さんが、“やり直すことにした”って言ってくれた」


奈那子は息を飲んだ。


「本当に……?」

「うん。少し迷ってたけど、“やってみたい”って言ったよ」


言葉の重さと意味を噛みしめるように、奈那子はその場に立ち尽くしていた。


「それで……これ」


來が鞄から、折られた便箋を取り出して奈那子に手渡す。