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【來side】
酒井さんの家の前に立つのは、もう何度目になるだろう。
いつものようにチャイムを押し、玄関で母親に軽く会釈をしながら「こんにちは、滝川です」と告げる。
少ししてから、奥の部屋から酒井さんが顔を出した。前よりも、ほんのわずかだが、姿勢がしっかりしてきたように見える。
「今日は寒いですね」
天気の話から始めるのが、最近の習慣になっている。酒井さんは無言で頷く。
けれど、前回よりも目を合わせる時間が長かった。
ダイニングの隅に腰を下ろし、温かいお茶を出される。これも、
数回目の訪問からの変化だ。初めの頃は、リビングの手前で立ち話だけだった。
今日の会話も他愛ないものだ。
テレビでやっていたお笑い芸人の話。最近、読み始めたという漫画の話。甘いものが好きだという話。
「タルト、最近ハマってて。なんか、サクサクする生地のやつ」
「なるほど。チョコよりフルーツ派?」
「うん。イチゴがいちばん好き」
「うちの……いや、職員室の誰かもそう言ってたな」



