帰り道、夕焼けに染まりかけた空の下で奈那子は自分の歩く足音に耳を傾けていた。

アスファルトを踏むリズムが、どこか軽くなっている気がする。


「人って、こうして少しずつ変わるんだな」


独り言のようにつぶやくと、胸の奥がほんの少しあたたかくなる。

教師として、何か特別なことをしているわけではない。


カリスマ的な指導力も、圧倒的な影響力もない。

ただ、ほんの少しずつ、日常の言葉を交わしているだけ。


でも、だからこそ意味があるのかもしれない。

酒井さんにとって、自分の存在が「学校」ではなく、「誰か」に変わりつつあるのだとしたら。


それは、何よりもうれしいことだった。


「……來にも伝えたいな」


ふと、彼の顔が浮かんだ。


交代で訪問しているけれど、お互いに「どうだった?」と深くは聞かない。

無理に話すことでもない、という暗黙の理解がそこにある。


でも、今日は少しだけ話してみようかな。

そんな気持ちになる、やわらかい夕暮れだった。