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雨は止んだが、冷たい風が窓を打っていた。
奈那子はその音に耳を傾けながら、机に置いたままの便箋をじっと見つめていた。
手はペンを握っているけれど、まだ一文字も書けていない。
酒井さんへの手紙を書くと決めたのに、思い浮かぶ言葉は「教師」としてのものばかりだった。
「あなたの味方です」「また学校で待っています」——そんな言葉では、きっと届かない。
奈那子は深く息を吸い、ペンを紙に置いた。
——でも、教師としてじゃなくて、わたし個人として書きたい。
酒井さんが「先生なんて信用できない」と言ったあの言葉が、胸にずっと残っていた。
でも、もし自分が同じ立場だったら。
信じて話した相手に突き放され、見て見ぬふりをされたら。
怖くて、誰にも心を開けなくなる。
奈那子は一文字ずつ、丁寧に綴っていった。
「わたしは、あなたの全部を理解することはできないかもしれない。でも、知りたいと思っている。だから、あなたの話を聞かせてほしい。言いたくないなら、聞くだけでもいい。一緒に沈黙を過ごしても、かまわない。わたしは、あなたのそばにいたいと思っています」



