「どうって……なんで?」

「ごめん、変なこと聞いたね」

「……いや、変じゃない」


來は視線を落として、カレーに目を戻した。


「だけど、答えにくいな」

「うん。そうだよね」


わたしも、同じだ。


今、“好き”って言える?

“夫婦”として、ちゃんと向き合えてる?


その問いに、胸を張って頷けない。

だから、來が何も言わなかったことが、少しだけ嬉しかった。

自分も、言えないから。


そのあとは、特別な会話はなかった。

だけど、洗い物をしていると、來が後ろからそっとスポンジを受け取った。


「お前、ソファ行ってろ」

「でも、わたしが……」

「今日は、な」


それだけ。

背中越しに見える、來の広い肩。


無口だけど、ずっとそばにいてくれている。



“先生なんて、信用できない”

そう言った酒井さんの気持ちが、少しだけ分かる気がした。


誰かに頼るのって、すごく怖い。

期待して、裏切られて、傷ついて。


だったら、最初から信じない方がいい。

でも、その怖さを乗り越えて、踏み出さなきゃいけない瞬間がある。

わたしも、同じだ。


「ありがとう」


声に出したつもりだったけど、たぶん小さすぎて聞こえなかった。

それでも、來がふっとこちらを振り返って、笑った気がした。


“言葉にしなくても、伝わるといいな”

わたしは、そう願いながら、ソファのクッションに体をあずけた。


カレーの香りがまだ部屋に残っていて、心の中に少しだけ、温かさが残っていた。