帰り際、酒井さんの母親がこぼした言葉。
「去年の担任のこと、まだ引きずってるんだと思います。……正直、あのときも本当につらそうだったんです」
「そういえば、酒井さんの去年の担任って……」と來が言いかけて、少し黙る。
「退職した先生。名前、戸田先生だったかな」
宮下先生が記憶を掘り起こすように言った。
「あの先生……あんまり生徒の話、ちゃんと聞いてくれないって噂があったよね」
「うん。悩みを打ち明けたら、『自分も変わらなきゃダメ』って言われたって話、生徒から聞いたことある」
それを聞いた瞬間、奈那子は酒井さんのあの言葉の理由が、ほんの少しだけ繋がったような気がした。
「先生なんて、信用できない」
それは単なる反発ではなかった。
信じて話したのに、否定された。
だから、誰にも話せなくなってしまった。
それでも――
「その子、ほんとは誰かに聞いてほしいんだと思う」
奈那子がぽつりと漏らすと、來がゆっくりうなずいた。
「傷ってさ、放っておくと、かさぶたにもならないまま、ただ疼くだけなんだよな」
その言葉に、奈那子の胸が少しだけ締めつけられる。



