「それから、誰にも話すのやめた。どうせ信じても、裏切られる。だったら最初から関わらないほうがマシ」
胸が締めつけられた。
わたしはその場にいる“教師”として、どう返せばよいかが分からなかった。
慰めの言葉なんて、今は通用しない。
真っすぐに傷ついた心に、どんな言葉も届かない。
「……そっか。辛かったんだね」
それだけが、ようやく出てきた言葉だった。
酒井さんは何も言わず、ふいに視線をそらした。
「帰って。……もう話したくない」
たった数分。
ほんの少しだけ顔を見せてくれた時間は、それだけで終わった。
だけど、そこに込められた思いは、わたしの胸にずしりと残った。
「……わかった。今日は帰るね」
踵を返し、階段を降りる。
それでも足が止まったのは、玄関に続くドアの手前だった。
背を向けたまま、小さく言葉を落とす。
「でもね、酒井さん。また来るから」



