やがて足音とともに、お母さんが戻ってきた。
「顔だけ、ほんのちょっとならって……。でも、話は無理かもしれません」
「ありがとうございます」
お母さんに頭を下げ、言われた通り廊下を進むと、階段の踊り場のところに、彼女はいた。
制服ではなく、淡い色のトレーナーにデニム姿。
髪は肩より少し上で切られ、前よりも少し痩せたように見えた。
目を合わせることなく、壁にもたれて立っていた。
「酒井さん……お久しぶりです」
わたしが声をかけると、ほんのわずかに顔をこちらに向けた。
だけどその目には、はっきりとした拒絶の色が宿っていた。
「……なんで来たの?」
小さな声だったけれど、冷たい空気を割るような強さがあった。
「先生として……会いたかったから」
「先生なんて、信用できない」
その言葉は、思っていたよりも鋭く、真っ直ぐにわたしの胸に刺さった。
「信用できないって、どうして……?」
聞き返すと、酒井さんは眉をひそめた。
「去年、学校でいろいろあって、担任に相談した。でも、『君にも悪いところがあるよね』って言われた。わたしが、どれだけ勇気出して言ったかなんて……何もわかってなかった」
その声音は、涙をこらえているように震えていた。



