酒井さんの母親から「退学したいらしい」と連絡を受けてから数日。

会議も開かれ、來も家庭訪問に行ったが、門前払いを食らって帰ってきた。


何も変えられない無力感だけが胸に残り、日に日に焦りと自己嫌悪が増していた。


「わたしね、ずっと考えてたんだ」


奈那子は小さく息を吸って、來の方を向いた。


「わたしって、保健室で“待ってるだけ”だったなって。酒井さんが来ないのは彼女のせいじゃない。来づらくさせたのは、きっとわたしの方なんだって……そう思えてきて」


來は何も言わず、ただ静かに話を聞いていた。


「養護教諭だから、できることには限りがある。それは頭では分かってる。でも、来てくれるのを待つことしかできない自分が……悔しい」

「奈那子」


彼の声は、いつだって静かだ。でも、その低く響く声は、いつだって奈那子の心に届く。


「無理はすんなよ。でも……奈那子なら、届くかもしれないって、俺は思ってる」

「來……」

「ほら、お前、ちゃんと向き合ってたじゃん。言葉じゃなくても、あいつの気持ちを一番に考えてた」


そう言って、彼は苦笑するように小さく笑った。


「俺より、よっぽど先生してるよ」


その言葉に、胸の奥がふわっとほどけた。