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雨の匂いが窓の隙間から漂ってきていた。

夕方前の空はすっかり鉛色で、風も少し冷たく感じる。


「もう、秋もすぐそこなんだね……」


奈那子はそんなことをつぶやきながら、ソファに座ったまま鞄の中を見つめていた。


中には、今日印刷してきたばかりの手紙。

宛名は、「酒井結花さんへ」。


まだ誰にも見せていない、けれど、自分にとってはとても重い一通だった。


隣のキッチンでは、來がコーヒーを淹れている音がする。

食後のひととき。


以前はまるで仮面夫婦のように、同じ空間にいながら違う時間を生きていたのに。

今は、彼の動き一つひとつが自分の呼吸のように馴染んでいる。


「奈那子」


名前を呼ばれて、はっと顔を上げる。

來がマグカップをふたつ、テーブルに置いた。


「ありがと……」


自然と口をついて出た言葉だった。


「手紙、書いたの?」

「……うん。でも、まだ渡してない。……というか、渡しに行けてない」


奈那子は素直にそう答えた。