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翌朝、來はいつも通りキッチンでお湯を沸かしていた。

まだカーテンの隙間から光も差し込んでいない時間。


私がリビングに入ると、來がマグカップを2つ並べていた。


「おはよう」

「……おはよう」


彼の声はいつもと変わらないけれど、その背中は少しだけ丸まって見えた。


昨夜、遅くまで家庭訪問に行って、空振りだったこと。

酒井さんの家の玄関前に立っても、何の反応もなくて、ただ空気だけが重たく流れていったと、來は言っていた。


「……無理やりドアを叩くわけにもいかないしな」


彼がそう言った時の疲れた声が、まだ耳の奥に残っている。


「カフェオレにする?」

「うん……」


ミルクの甘さが欲しい朝だった。

マグカップを受け取った私は、しばらく黙ってその香りを吸い込んだ。


キッチンとリビングの間の静けさ。

カップに唇をつけても、心はほとんど味を感じていなかった。


私は、昨夜來がこぼしたひとことが忘れられなかった。