「いいの?」
「なにが?」
「いや……“カレーつくる”って、なんか、そういうの、久しぶりだなって」
「言ったでしょ?わたし、來の奥さんだから」
少し照れたように言いながらも、奈那子の声には確かな温度があった。
本当の夫婦のように振る舞うことに、最初はぎこちなさもあった。
けれど、いま、こうして一緒に食卓を囲む時間が“当たり前”になりつつあることが、心のどこかで嬉しかった。
「……ありがとう。楽しみにしてる」
來の声は静かだったけれど、どこか安心しているように響いた。
食後、ふたりで並んで片づけをしながらも、会話は自然と続いた。
たとえば、校内での小さなハプニングのことや、クラスの男子がこっそり花壇の世話をしていた話。
酒井さんのことだけでいっぱいだった時間に、ほんの少し別の色が混じり始めている。
奈那子はふと、來の横顔を見つめた。
真剣なまなざしも、思いやりにあふれた言葉も、わたしの知っている“夫”の顔になってきている。
まだ“好き”とは言えない。
けれど、今日みたいにカレーをねだられたり、一緒にお味噌汁をすするだけで、じんわりと心が満たされていく。
ただ、そばにいる。
それだけでいい日が、あるんだ。
来週の週末、どんな具材を使おうか。
ルーは辛口にしてみようか、それとも中辛にしようか。
何気ないその選択も、ふたりでいられる未来のかたちに思えてくる。
酒井さんの問題はまだ解決していない。
でも、その先へ進む勇気は、確かに日常の中で育まれている気がした。



