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午後五時、秋の夕暮れが校舎を黄金色に染めるなか、來はスーツ姿のまま車に乗り込んだ。

「じゃ、行ってくる」と、職員室に残る奈那子にだけ聞こえる声で告げる。


「……気をつけてね」


彼が目指すのは、数日前から保護者と連絡が取れなくなった酒井さんの家だった。

退学届の提出を示唆された後、家庭との接点を模索し続けているが、どの連絡にも返答がない。今日の訪問も、いわば“賭け”だった。


 だが――

 二時間後、來は何の収穫も得られぬまま、静かに帰宅した。


「ただいま」

玄関の扉が開き、脱力したような來の声が聞こえた。

奈那子はすぐにリビングから顔を出す。


「おかえり。……どうだった?」

「……だめだった。電気はついてたけど、インターホンにも反応なし。玄関前で名乗って待ってたけど、誰も出てこなかった」

「そっか……」

奈那子の胸の中に、どうしようもない無力感が押し寄せる。

けれど、それを來の前で表に出してはいけない気がして、思わず微笑んだ。


「……ごはん、できてるよ。食べよう?」

「うん」