「……でも、やっぱり言えないね」
「何が?」
「“ありがとう”とか、“ごめんね”とか……素直な言葉って、照れくさい」
「うん、わかる」
來は少し笑ったようだった。
お互いに、まだ“好き”とは言えない。
でも、確かにわたしたちは、今、同じ方向を見て歩こうとしている。
その夜、わたしは静かにペンを取った。
手紙の最初の一文が、するりと便箋に落ちた。
「酒井さんへ———」
不器用でもいい。
心から伝えたい想いがある。
それを、自分の言葉で届けたい。
そして、もう一度あの子が、笑える日が来るように。
その小さな願いを胸に、わたしは便箋に向き合った。



