「俺だって……」


來の声が少しだけ掠れていた。


「俺だって担任なのに、酒井の家からの電話を教頭から聞くまで、何も知らなかった。……情けないよ」


それでも――と彼は続けた。


「奈那子が、あの子のそばにいたこと。それだけは、きっと意味がある」

「意味……?」


問い返すと、來はわたしの目を見て言った。


「そばにいられるって、教師にできる最小で最大のことなんだと思う。もし今、それができるのが奈那子なら――あの子のそばに、いてやってくれ」


静かな言葉だった。

押しつけがましさはひとつもなかった。

けれど、その真っ直ぐな眼差しが、今のわたしには何よりも力になった。


「……うん。わたし、もう一度話してみる。きっと、伝えられることがあるって信じて」


わたしがそう言うと、來は安心したように目を細めた。

何も言わず、そのまま先を歩き出す。

いつも通り、無口で不器用な背中。

でもその背に、静かに背中を押されているようなあたたかさを感じていた。


教師として、まだ何ができるかなんてわからない。

けれど、もう一度――あの子の心に触れたいと思った。

“辞めたい”という言葉の裏にある、本当の声を聞き取りたいと思った。


そして今、その決意の傍に、來がいてくれる。

それが何よりの救いだった。


わたしはゆっくりと深呼吸をして、来た道を振り返った。

踏み出すのは、きっと今だ。