***
「俺たち、結婚しませんか?」
あの言葉を聞いた瞬間、わたしは一瞬、何かの冗談かと思った。
でも、目の前の彼は、笑っていなかった。
その日、偶然立ち寄ったカフェの入り口で、來と再会した。
もう会うことはないと思っていた人だったのに――
「この間の……ファミレスで、お会いしましたよね?」
先に声をかけてきたのは、彼の方だった。
あの別れの日、同じテーブルを囲んだと言っても、会話を交わしたのはほんのわずか。
なのに、すぐに顔を思い出せるくらい、彼の印象は強かった。
「その節はありがとうございました。お恥ずかしい姿、お見せしちゃって」
「いえ、俺の方こそ。同じような立場だったので……。ここ、よく来られるんですか?」
「時々、ひとりでのんびりしたくて」
「よければ……ご一緒しても?」
「いいですよ。この前のお礼に、コーヒーくらいは奢らせてくださいね」
再会は、不思議なほど自然だった。
初対面では気づかなかったけれど、來は落ち着いた口調で、少し不器用だけれど誠実そうな人だった。
堅い空気の中にも、どこか安心できる温度があった。



