「起こしちゃった?」

「いや、起きたかったから。……なんか、目が覚めた」


來は言いながら、キッチンカウンターの椅子に腰掛ける。

ほんの少し目を細めて、奈那子の手元を見つめていた。


「コーヒーいれるね」

「うん。……ありがとう」


昨夜、あんなに近づいたのに、今日の朝は少しだけ照れくさかった。

だけど、それが嫌な感じではなかった。

手をつなぐでもなく、言葉を交わすでもなく、ただ同じ時間を過ごすだけで、十分だった。


「……昨日のこと、さ」


來がぽつりと呟いた。


「うん」


奈那子はパンを焼きながら、彼の方を振り返る。


「まだ、うまく言葉にならないんだけど」

「……うん、わたしも」

「でも、今の関係……悪くないなって思ってる」

「うん」


短い言葉のやり取り。

でも、それで十分だった。


互いの胸の奥には、まだ“好き”という言葉が残っていたけれど、

今は、それを無理に口にするより、こうして隣にいる時間を大切にしたかった。