帰宅して、一人分の食事を用意し、静かな部屋で箸を動かす。

わたしたち夫婦は、一度も同じテーブルで食事をしたことがなかった。


それは結婚を決めたときに、ふたりで取り交わした“夫婦の掟”のひとつだった。


一.生活費は折半
一.寝食は別
一.干渉しない
一.外では仲良し夫婦を演じる
一.一年後に離婚する


これが、わたしたちの約束だった。

法的には夫婦でも、心は別々。わたしたちは始めから「終わりのある関係」を選んだ。


特に不便はなかった。

仕事も充実しているし、趣味や友人関係もそれなりに保てている。


ひとりの時間だって、決して嫌いじゃない。


それなのに――この胸の奥のぽっかりとした穴だけは、どうしても埋まらなかった。




「ただいま」


その夜も、來の帰宅は21時を過ぎていた。

ドアが閉まる音に、わたしは台所から顔を出す。


「おかえりなさい。今日も大変だったね」

「ああ。酒井の母親と、2時間電話してた」

「……それは、お疲れさま。明日は来られるといいね」


家でも、会話は仕事のことばかり。

わたしたちは先生であり、ルームメイトのような存在で、決して“夫婦”ではなかった。