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「お疲れさまです。お先に失礼します」
職員室に立ち寄ってから帰宅するのが、わたしのいつもの習慣。
完全下校を見届けてから家路に就くと、だいたい18時半を回っている。
それでも職員室にはまだ何人もの先生が残り、書類と格闘していた。
「お疲れ様、奈那子先生。新婚なんだから、たまには滝川先生と一緒に帰ればいいのに」
「でも、彼、今ちょっと忙しそうで」
ちらりと視線を送ると、來はジャージ姿のまま、電話を片手に眉をひそめていた。
クラスの女子同士のトラブルで、不登校になった生徒の対応に追われているらしい。
最近は連絡も頻繁で、帰宅もすっかり遅くなっていた。
「滝川先生、見かけによらず熱心よね。でもいいわよね、家に帰れば奈那子先生の手料理が待ってるんだから」
わたしは曖昧に笑って、その場をやり過ごすしかなかった。
誰もがわたしたちを、仲睦まじい夫婦だと思っている。
そっけないのは職場で距離を取っているからだ、と好意的に解釈しているようだった。
「それじゃ、お気をつけてね」
「はい。お先に失礼します」
車で10分。短い帰り道を、わたしはいつもひとりで走る。
同じ家に住むはずの夫は、今日も夜遅くまで帰ってこない。
結婚したはずなのに、結婚生活はどこか空っぽだった。



