遠くで声が聞こえた。「あん子、あん子」と私の名前を呼んでいる。母の声だ。

 はっ。

 肩がビクつき、目があいた瞬間。さっきまで見ていた夢の情景が幻と消えた。残ったのは強烈な眠気と重い瞼のみ。

 布団を被りなおして二度寝に入ろうとすると、「いい加減起きなさい」と母が部屋の扉を開けた。

 洗面台の蛇口を捻り、手早く洗顔を済ませた。顔を洗わないことにはその後も目を開けていられなかった。

「ゆうべ夜更かししたんでしょう? また漫画でも読んでたの?」

「違うよ……ちょっと。勉強、してただけ」

 勉強って、と続け、母が朝食のヨーグルトを準備してくれる。私はダイニングテーブルに着き、湯気の上がるカフェオレに口をつけた。

「試験ならこの間終わったばかりだし、受験も関係ないでしょう?」

「まぁ、そうだけど」

 香ばしく焼いたトーストを出され、いただきます、と手を合わせた。

「私の場合、学校の勉強だけが勉強じゃないからさ」

「……ああ、そういうこと?」

 母は納得したように息をつき、口元に笑みを浮かべた。

 ゆうべはパソコンを使って、ファンタジーを主軸とした小説を書いていた。