「見るものすべてが、好奇心旺盛に輝く大きな目に飛び込んでくるだろう?」

「大きな洋館は、外国のおとぎ話みたい。ドラキュラが出てきそうな洋館もありました」

「やっぱり桃は、この雰囲気に飲まれて萎縮する性格じゃない」

「あっちもこっちも吸い寄せられて、見飽きません」
「嬉しそうでなにより」

「卯波先生って何者ですか?」
()る者、切れ者、大立て者」

「凄い人ってことは、ずっと前からわかってますったら、ねえったら」

 立ち止まる私に小さく鼻をふんと鳴らし、微かに口角を上げた。今、微笑んだよね。

 つないでいる私の手に歩けって、くいくい手首で合図をしてきて、ゆっくりとした歩調は変わらない。

 洋館では、季節柄きれいに狩り揃えられた広々とした芝生に、ホースで水を撒く外国の方がいた。

 格子の門扉は大きく高く、まさにドラキュラの館。

 卯波先生の手を離して、駆け寄り豪邸の前で立ち止まった。

「遠くへ行くな、迷子になっても知らない」

 私を置いて行くわけがない。夢中で豪邸を見て回った。

 堂々とした和風住宅は、昔ながらの伝統的な造りの重厚な門構え。
 石塀の上の木製の柵からは、古い大きな松や桜の木が覗いてる。

 壁の向こうに広がる庭は、どんなにきれいなの? 
 凄くワクワクする。

 どこを見渡しても豪邸ばかり。こんな光景は初めてで、物珍しく脇目も振らずに夢中で歩き回る。

「見てください、あの立派な木」

 あれ、返事がない、姿もない、置いて行ったの?
 まさか心配性が、私を迷子にさせるはずがない。

 隠れておどかすつもりなんだ、わりと子どもっぽいことするんだ、放っておこう。

 私は犬並みに鼻が効く。

 どこからか、ジャスミンに似た香り。

 さながら大好物を見つける犬の如く、周辺を香りの方向に歩き始めた。

 なんか、うしろから気配がする。

 振り向いたら、音もなく真っ赤な高級外車が、ゆっくりと追い越して行った。

 見かけはブロロロロンって、凄い音で走り抜けそうな車体なのに滑らかに走るんだ。

 この屋敷町は、見る自動車すべてが黒やシルバーの渋い高級外車ばかりだから、真っ赤な自動車は目立つ。

 しかし、さっきから歩いても歩いても白壁ばかりが、ずっとつづく。どれだけ広い豪邸なの。

 ジャスミンみたいな香りも、私を(いざな)うように、ずっと香っている。

「やっと門だ」
 ここ庭園だったんだ。

 広く大きな堂々とした佇まいは、屋敷町の中で一際目立っている。