策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師

 人って不思議。教わらないのに、初めてのキスなのに、勝手に自然に目が閉じるんだ。

「ほらな」
「ん?」
 唇が一瞬だけ温かくなった、とっても柔らかかった。

「言った通り、俺に全面降伏しただろう、降参か?」
 んんん、頭の中が真っ白で、言葉が出てこない。
「言わないのか」

 卯波先生の柔らかくしっとりとした唇が、私の唇に体温を教えてくれる。
 熱い、卯波先生の唇が熱いの。

「降参か?」
 降参って言わないと、ずっとずっとつづく。頭が変になりそう。
 
「降参だったよな、とっくに」
 最初から承知なくせに。

 卯波先生のイジワル。

「今も心が」
 いつもみたいに、自分のこめかみと左胸に人差し指をあてている。

「きみの心が、震えるほど“俺を好きだ”と叫んでくる、強烈な熱を帯びながら」

 低く強い声が熱っぽさを含み、切ない声が耳に心に感じる。

 私の心も感じるの? 大好きなの、好きよ、卯波先生のことが大好き!

 体の震えが止まらない、この先に進むのが怖いの。大好きな卯波先生なのに怖いの。
 嬉しいのに怖いの。

 離れないように、私の手をしっかりと握っていて。

 仰ぐ私の首すじに優しく左手を添えて、右手は厚い胸に抱き寄せて、私をすっぽりと包み込んでくれた。

「安心して」
 そう囁くと、しっかりと手を握ってくれた。
 
「きみの心の叫びは、俺の中まで熱く刺激する」

「どうか、私の願いを叶えてください」
 見上げると、至近距離の美しさに目が眩みそう。

「きみの望みなら、なんでも叶える」
 私の言葉を待つような、卯波先生の瞳に訴えかける。

「二人のときは、桃って呼んでください」
「桃」
 ためらうことなく即座に呼んでくれた。

 低く強い声が私の耳に心に響き渡るから、喜びが隠しきれないほど、笑顔が溢れ出す。

「感じてますか?」
「叫んでいる、嬉しいと」

「誰の心が?」
「桃、なかなか賢い策略家だ」

「だって、どうしても呼ばれたいんですもの」
 抱きつく腕の震えが止まってくれない。

 卯波先生の激しく強く打ちつける鼓動と、体中を走り回るように激しく胸打つ私の心臓が、互いに共鳴し合い、ひとつの音に重なり響き合う。

 卯波先生、感じている? 私、こんなにも胸がどきどきするの。

「卯波先生が私の名前を呼ぶたびに、心臓が飛び上がるの」

「桃、桃。本当だ、手のひらに胸のどきどきを感じる」

 嘘よ。私の胸になんか、まだ触れていないもん。

 そんなことされたら、気絶してしまいそうで怖いの、大好きな卯波先生でも。

「大丈夫か? 今の桃は、水鳥の羽音にも驚きそうなほど、びくびくしている」

 卯波先生の声に、背中にも心臓があるように、どくんと鼓動が飛び跳ねる。

「大丈夫か?」

 凄く心配そうな顔で覗かれた顔が、思ったよりも近くて、落ちる朝露(あさつゆ)の一滴のしずくにさえ驚いてしまいそう。

「骨抜きにしてしまったな」

 骨抜きって言葉が、こんなにもぴたりと当てはまる今の状況は、まるで腰がスポンジみたいに、ふにゃふにゃで力が入らない。