策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師

 不思議そうに見つめている目を、じっと見たまま動けない、目が離せない。

 体だけは動けたから、じりじりと二度ほどうしろに下がった。
 
 卯波先生は黙って、事の成り行きを見守っているみたい。いっさい、私に触れてこない。

「私たち、まだ付き合ってないから、卯波先生とキスはしません」
 
「緖花くんの言うことは、至極真っ当だ」
 右側の広角が、ちらりと上がった。なにか、おもしろかったかな。

「付き合ってくださいって、卯波先生の言葉が欲しいです」

「ある年齢になると、わざわざ言葉に出さなくとも、気づいたら付き合いは始まっているものだ」

「ん? なんですか?」
「なんでもない、独り言だ」

 整った顔が急に崩れると、喉の奥からくすっと控えめな笑い声が漏れてきた。
 なにが、そんなにおもしろいの?
 
「俺たち付き合おうじゃなく、付き合ってくださいと、俺がきみに頼むというのか?」
「はい」

「本気なのか、こんなことは初めてだ。新鮮な展開だ」

 卯波先生が、ふと微笑み、“まいったな”みたいに頭を軽く振り、ぴんと背すじを伸ばして正座をした。

 完璧な卯波先生のことだもん、これまで相手は選り取り見取りで、モテモテだったんでしょ。

 頼んでまでして、交際にこぎつけるなんて初めてでしょ。

「こっちへ来て」
「ん?」
 考えていたから、聞いてなかった。

「おいで」

 私の右手に触れる前に、卯波先生が「この場合は触れていいのか?」って、少し頬をゆるませながら確認してくる。
 
 返事のしるしに大真面目に頷いたら、卯波先生は私の右手を握り、そっと自分のほうに引き寄せた。

 今までの卯波先生の控えめな微笑みは、いつしか真剣みの溢れた顔に変わった。

「俺と付き合ってください」
「卯波先生、大好き」

「だろうな」 
 表情は余裕と自信に満ち溢れ、微かに広角が上がった。

「卯波先生は、私のことを好きですか?」
「返事が先だ」

「こちらこそ、よろしくお願いします。ねえ、せんせえは?」

「なんて雑な返事なんだ。せっかちだな、楽しむ余裕がないのか」

「なんですか?」
「こっちの話、独り言だ」
「私は卯波先生のことが好きです」
「俺も」
「返事が雑ですよ、卯波先生」

「どっちがだ」
 静かな笑い声にまじって、吐き捨てるように言った言葉は、なに?

「卯波先生は? 私のことが好きですか?」
「ああ」
「もう。せんせえったら、好きって言ってください」

「俺がきみを大好きなこと、もう知ってるよな?」