策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師

「まだ、こっちだ」

 りんごジュースを手渡してくれる手に触れてしまったら、さらに震えてグラスを落とすかと思った。
 なんなの、この震えは。

 震えながらも隣を見て、満面の笑みを浮かべたら、卯波先生の目尻が微かに下がった。

 見た、貴重な笑顔を見た。嬉しくなっちゃう。

「ほら」
 あまりに突然だったから、息が止まるかと思った。
 温かな大きな手が、私の震える手を優しく包み込んだ。

 恥ずかしくて俯く頬に、体中の血液すべてが集まったように熱い。

 どうしてわかるの?

 いたたまれなくなり、視線が宙に舞ったら、タンスよりもずっと大きな本棚に、ぎっしりと詰まった文献が目に飛び込んできた。

「このすべてが、卯波先生の頭の中に入ってるんですね、凄い量」

 じっと見つめてくる余裕のある目は、はぐらかす私のすべてを見透かしているみたい。

 ちゃんと見抜いているぞって言われているようで、頬まで引いた口角の前では嘘はつけない。

「たいしたことはない、まだまだだ」
 謙遜して尊大じゃないのが尊敬する。

「これだけ勉強してて、卯波先生は開業しないんですか?」
「いずれは」

「院長は知ってるんですか?」

「引き抜きのときに伝えた。ラゴムを必ず軌道に乗せる。それまでは、ずっとバディだ、離れることはないって」

 無償の愛の塊。自分のことは後回しで、まずは人のために時間も労力も捧げる。

 口先だけじゃなくて、行動で示しているのが尊敬する。

 本当に、美形の貴公子然とした西洋風な外見なのに、心は義理堅くて武士だ。

「ラゴムは軌道に乗った、俺が院長になる日も近い」
 将来のことは、院長と話し合っているんだって。

「院長になるための準備や勉強も大変ですね」
「好きなことをするから苦にはならない。きみはどうなりたいんだ?」

「即戦力の動物看護師です」

「実現するのに、なにを真っ先にすべきかわかるか?」
「早く仕事を覚えて、早く動けるようにする」

「スピードは求めない、焦らなくていい。とにかく確実に実行することだ」
「早くしなくちゃって、焦りそうになります」

「スピードは、あとからついてくる。それよりも確実さが重要だ。動物の命をあずかっている、決して失敗は許されない」

 プレッシャーがかかるな。小さくすぼめた唇から吐いた大きな息が、胸と肩を大きく揺らす。

「そんなに緊張するな、心配はない。慣れれば迅速な対応ができるようになる」
 失敗は許されないって緊張するよ。

「院長になるとなったら連れて行く、がんばれるか」
「私をですか?」
「ああ」

「急な話で、今の私では卯波先生の足を引っ張ってしまいます。とてもじゃないけど無理です」