今日はレクのことがあって、サニーのお散歩は後回しになってしまった。

 生き物相手の仕事だから、予定通りに物事が進まないことは日常茶飯事。

 サニーに給餌して、着替えてスタッフステーションに行くと、清潔感あふれる私服姿の卯波先生がいた。

 文献に注がれる熱心な瞳は、強烈な集中力で深く読み込んでいるみたいで、私に気づかない。

 椅子の背もたれに背中を押しつけるようにして、すらりと長い足を優雅に組み、ゆったりと座っている。

 まさに、それは貴公子然とした気品がある静かな佇まいで、息を飲むような美しさ。

「お疲れ様です」
「なにをやっていたんだ、帰ったんじゃなかったのか」

 卯波先生の目は瞬きも忘れ、ばたんと文献を閉じて、体は反射的のように、俊敏に椅子から立ち上がった。

 うっとりするような上品な優雅さが一瞬で消えちゃった。そんなに声を荒げなくても。

「院長は?」
「もうとっくに帰った」

「さっきのレクので、サニーのお散歩が後回しになっちゃいました」

「なっちゃいましたじゃない。薄暗い中、ひとりで散歩なんて無用心だ。なぜ、俺に言わない」

「まあ落ち着いてください。今、座ってたようにリラックスして」

 私の言葉に、言いかけた言葉を理性がクールダウンさせて飲み込ませたみたい。
 卯波先生が大きな息を吐く。

「座ってください」
 素直に座る卯波先生の斜め前に座った。

「心配させるな、迷子になったらどうするんだ」
 迷子になりようがないほど毎日散歩して、道はとっくに覚えたのに、まだ心配なの?

「なにがおかしい」
「心配性」
「やや抜け気味だから心配なんだ」

 やや抜け気味って、その微妙な加減がリアルな表現で、胸をチクリとやられる。

 それを卯波先生は真顔で淡々と言うから、よけいに響く。

「遅い散歩は、もうひとりで行かないか?」
「卯波先生って、絶対に弟さんがいらっしゃる長男ですよね」

「行かないか返事は?」
「はい。長男?」
「だから?」
「口うるさいから」
 無愛想な顔が目を横に流して、ちらりと見てくる。

「それより、お腹すきませんか?」
「おい」
 力ない声で顔の半分を歪ませ、明後日の方向を見てしまった。

 呆れちゃったかな。仕方ない、お腹ぺこぺこなんだもん。

「そろそろ行くか」
 なんか普通に当たり前のように、いつも行ってることみたいに言ってくる。どこに?

「初めて誘われました、ご飯を食べにですね」
「俺の家」
 いつも行っているみたいに、さも当然って感じ。

「卯波先生の家に。どうしてですか、ごはん?」
「夕食なら食べさせてやる」
 お腹すいたよ、ぺこぺこ。

「どうして卯波先生の家?」
「きみには断る理由がないからだ、来い」

 あれよあれよという間に、二人分の荷物を左手で軽々と持って、卯波先生が歩き出す。

「ちょ、ちょっと」
「いいから来い」
 歩調は滑らかで迷いがない。また震えてきた。
 だって卯波先生が。