策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師

「学習意力が高まった? こうも現場は生々しいだなんて、机上ではわからなかったわよね」

 少し笑みが浮かんで坂さんに返事をしたら、診察室の湿った空気が鼓膜に響いてきた。

 とうとう、声にならない嗚咽を漏らしながら、オーナーが泣き出しちゃった。

 レクが死んで別れるのは、つらくて嫌だ。

 でも苦痛からレクを解放してあげたいって、その矛盾した心の葛藤が、延々につづいているみたい。

 数日かけて、院長や卯波先生と何度も繰り返して、お互いに意思の疎通を図ってきたから、オーナーも頭の中では受け入れているはず。

 でも心の中は、おいそれと整理ができないよ。そんな簡単に割り切れないって。
 
 いくらレクの苦しむ姿を見てきて、生かしていたらレクが苦しむのがわかっていても、いざとなったらできる?

 私もオーナーの立場だったら、混乱しちゃうと思う。

 人間の身勝手とはわかっている、でも生きてほしいって願う。

 それなら、客観的に見ましょうとなれば、レクの命をつなぎ止めればつなぎ止めるほど、レクは苦しみもがくのが現実。

 だからといって、院長に安楽死を施す決定権はないし。

 最終的にオーナーが決めて、院長がオーナーから承諾を得て安楽死を施す。

 オーナーの考えや気持ちが、レクの生死を左右する。

 オーナーには、もの凄く重い責任を負わせてしまい、重い決断を迫ってしまう。

「人間には、死生観があるから話し合えるけど、動物は死生観を人間には伝えられないもんね」

「死生観ですか。本当はレクって、どうしてほしいんだろう」
 今までのレクの姿が思い浮かんで、独り言がぽつりと漏れる。

「坂さん、二人が席を立ちましたよ」

 いっしょに見ているから、教えなくても坂さんだってそれくらいわかっているのに、勝手に言葉が口から出てきた。

「たぶんオーナーは、レクを苦しみから解放してあげて、楽にしてくれるんでしょうね」

 オーナーの途切れとぎれに嗚咽が交じり、絞り出す声にならない声に、坂さんの呟きがかき消された。

「隔離室に向かったわ、オーナーが了承したのね。あとは、診察室の消毒お願い」
「はい」

 消え入るような声しか出ない私とは正反対に、坂さんは何事もなかったように受付に姿を消した。

 誰もいなくなった診察室。

 ラゴムの信条は、念には念を(・・・・・)だから、しっかりと診察室を消毒する。

 オーナーの心を想うとつらい。レクがどうしてほしいかなんて、レクの死生観なんてわからないのに。

 重責を背負って、泣く想いで安楽死を選んだことが重い。

 オーナーは生涯、レクにワクチン接種さえしていればって悔やむのかな。
 自責の念に、かられはしないかが気がかりになる。

 動物病院では、患畜が落ちる(死ぬ)際に、さまざまな人間模様が繰り広げられるのを多少は見てきたから、そのあとの家族のやり取りまでも、気にかかってしまう。

たとえば。