策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師

 生死をさまよったレクのことが、まるで夢みたいに平穏な時間が過ぎていく。

「レクは?」
 口火を切ったのは院長だった。

 とっくにスクリーンチェックはしているはずだから、レクの病状は落ち着いたって、わかっていたと思う。

 でも、レクの詳細を聞く前に、疲労困憊な私たちの脳と体に、休息を与えてくれたんだと思う。

 院長の問いかけに、卯波先生が詳細を伝えて、院長からも褒められた。

「それじゃあ、こんにゃくになるわけだ、気疲れしただろ?」

 今までも院長と卯波先生は、何度もレクの治療方針について話し合ってきていて、また今も院長が会話のきっかけで、話し合いが始まった。

「今日もオーナーが、レクの見舞いに来ると思う」

「いつもの時間か?」
 卯波先生の問いかけに院長が浅く頷き、私の視線は時計に移った。

 十八時か。もうすぐ、お見えになるころだ。

「レクは、治る見込みはないな。このままだとレクは、息苦しさや苦痛で衰弱死してしまう」

 院長は淡々と言うけれど、思考が停止しそうな言葉を口にするんだ。

「事実だけを情報として伝えても、オーナーは不信感を募らせる」

 クールな卯波先生は、オーナーの前だと、コミュニケーション能力の高さを発揮するからね。

 出し惜しみしないで、私にもオーナーに接するくらい、優しくしてくれても罰当たらないよ。

「そこは見舞いの際に、オーナーが納得してくれるまで何度も話し合い、感情の揺れや乱れにも対処してる」

 院長は院長で、毎日お見舞いに来るオーナーと話し合っている。

 オーナーの気持ちを十分に聞き取りつつ、わかりやすく話して、納得してくれるまで、とことん話し合っている。

「レクの病気がもたらした、オーナーの感情には、不安定な波がある。オーナーと互いに共有しているかどうかだ」

「オーナーは、少しずつレクの現状を受け入れてるよ。俺は、オーナーの感情を受け止めてる」

「わかっている、宝城の努力は見ている」
 卯波先生は、わかっているよって感じで頷く。
 
「獣医療を通して“終わりに向けた準備”をすることも仕事のひとつだ」

 卯波先生が口に出した、終わりに向けた準備って。

 次の説明を聞く準備は万端、私は受け入れる。卯波先生、早くつづきを聞かせて。

「治療が難しいレクの場合、告知のやり方が問題だ。それにより、オーナーの心が乱されるか、安らぐかの違いがある」

「ただでさえ、オーナーは自責の念に駆られる最終処置なのに、レクの場合は余計にオーナーの心は混乱するよな」

 最終処置って。力が抜けて、椅子が床にこすれる音が鳴った。