策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師

「レク、楽になったか?」

 レクに話しかける卯波先生の口調は、固くなっていた私の体を、すうっと溶かしてくれるような優しい言い方。

 子どもをあやすような柔らか視線は、口角を緩めてレク一点に注がれる。

 見逃してしまいそうなくらいの、小さな動きでちらりと見ては、こらえる息でのぼせそう。

 初めて経験した緊迫した緊急事態で、喉の奥までもカラカラに乾いた。

 卯波先生の声や微笑みが、私の心に沁みて温かく潤わせてくれる。

「レク、もう大丈夫だ」

 レクを見守っていた卯波先生が、そっとケージのドアを閉め、二人で消毒を済ませてスタッフステーションに向かう。

「お疲れ様です、ありがとうございます」

「お疲れ、レクをよく観察していてくれてありがとう。レクの命をつなぎ止めてあげたのは緒花くんだ」

「とんでもないです、私は」
 そんな大げさな、卯波先生がいなかったら。

「それに、落ち着いて冷静な判断ができていた。その手袋で、あちこち触らないで俺を呼びに来た。入院室まで入って来なかった」

 テンパーを、院内に感染させるわけにはいかない使命感。

 でも、たとえ当然のことをしても、気づかないところを褒められたから嬉しい。

 スタッフステーションに入ると、卯波先生がおもむろに、ごそごそ始めた。いったい、なにをしているの?

「ご褒美」
 冷蔵庫の上の棚から、チョコレートを持って来てくれた。

「ありがとうございます」
「嬉しそうな顔をして」
「いわゆる餌付けってやつだな」
 二人の会話にさりげなく。

 じゃなくて、どかどかと土足で院長が踏み込んで来て、チョコレートをひとつ口に放り込む。

「お疲れ様です」
「お疲れさん、奇跡の空き時間ができた。これは、神様がくれた俺へのご褒美だ」

 大きな息を吐いた院長が、ほっと一息つくような姿勢で、椅子の背に体を預けた。

「卯波も緒花も座れるときに座っておけよ」

 卯波先生は、椅子の背もたれに背中を預けて、リラックスして座った。

 その隣に座った私に、院長が視線を向けてくる。

「こんにゃくかよ、ぐにゃぐにゃだな」

「宝城の言うことは気にしなくていい、そのまま楽に座っていろ」

「ですってよ」
 べ──だ! 院長に舌を出してから、いたずらした子どもが勝ち誇ったように、口角を緩めた。

「飼い主がいると強気になる犬みたいだな、卯波を取り上げるぞ」

 院長の言葉に取って変わって、安堵を誘う笑い声が室内を包んだ。