策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師

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 犬ジステンパー急性疾患の、レクが入院してから、重度の症状の肺炎を併発して数日後。

 酸素室の中で、瞬きさえつらそうなレクをなでると、力を振り絞るようにして尻尾を振り、微かに尻尾の付け根が動く。

「レク偉いね。凄い、尻尾振れるんだ」

 “僕は一生懸命に生きてるよ”って、アピールするように、喉の奥から吠え声とも甘えた声ともつかない、力ない鳴き声を聞かせてくれる。

「レクはいい子ね、鳴けるなんて凄い」
 つい先日までは、一進一退の病状だったのに。

 なんとか元気になってほしくて、褒めて、レクに気持ちよくなってもらう。

 徐々に受けつけなくなった強制給餌で、ここ数日のあいだに、みるみるうちに痩せ細ってしまった。

 レクの体力と免疫力は落ちてきて、院長や卯波先生の抗生剤投与や対処療法に、もう追いつかない。

 院長と卯波先生はレクを想い、ここ数日は夜間も見守り、ときには徹夜になっても、必死に命をつなぎ止めている。

 レクを撫でながら、こうしていろいろなことを想っていたら、突然、レクが肩で大きく息をして、苦しそうにもがき始めた。

「先生! 卯波先生!」
 初めての経験に血の気が引き、無我夢中で走り、卯波先生を呼びに入院室の前まで行った。

「レクが。レクがもがいてます!」

 私の言葉に、秒と勝負の卯波先生がマスクとオペ用手袋を手に取り装着しながら、レクのもとへと向かい、私はうしろを追う。

 どうしたの、レク。急にだなんて驚いちゃうじゃない。

 卯波先生は聴診器をあてたり、スクリーンに映し出される脈拍数や呼吸数を見ながら処置を施す。

「肺に水が溜まり出した、心臓もやられてきたか」
 卯波先生が利尿剤を投与しながら、私に指示をする。

「酸素室が暑い、タオルで包んだペットボトルを入れてあげて」

 水道水が、勢いよくペットボトルの中に吸い込まれていく音が激流のよう。

 急性は、こんなにも進行が早いの?

「犬は、人間より低い室温が適している。ただ、室内全体をレクに合わせて低めに設定したら、他の患畜の体には毒だ」

 ペットボトルを酸素室に入れたら、処置中の卯波先生が教えてくれた。

「たまに交換してあげて」
「はい」

 レクが落ち着いてから数分後。
 今は呼吸は苦しくない? どの体勢が一番楽になれる体勢なのかな。

「こうして、タオルで段差を作って寝かせてあげて、レクが安定する体勢を見つけてあげて」

 レクのケージの前で、やって見せてくれる卯波先生と、頭がくっつきそうなくらい近い距離。