策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師

「ひとりで大丈夫だな」
 卯波先生が長い指先で、シリンジを押すしぐさをするから、深く大きく頷く。

「あとは任せた」
 消毒マットを踏み締め、隔離室を出て行く卯波先生を見送った。

 卯波先生から任せてもらえることが、とても嬉しかった。

 レクに強制給餌をしながら、さっきの光景が目に耳に心に焼きつき、ずっと離れない。

 レクに、訴えかけていたときの卯波先生の姿が。
 なんて優しい声で切ない顔をするの。心が切なくなる。

 しばらくして、「どうだ?」って卯波先生が戻って来たから、少し食べたことを報告した。

 強制給餌を終わらせたあとは、全ての検査結果が出るまで、卯波先生に連れられて検査見学。

 検査室に入ると検査結果が出てきていて、卯波先生が来たのがわかった院長が、視線を向けてきた。

「白血球は?」
「低くて測定不能だ。テンパー抗体は急性期、ワクチン未接種なのに抗体価が高い」

 院長が、卯波先生からの質問に答えながら、私にわかるように血検用紙を指さして説明をしてくれる。

「と、言うことは、ウイルス感染で抗体価が上がっている」
 卯波先生も、私にわかるように話してくれる。

「あとは、レクの体力に賭けよう」

「急性だから、急激に進行する可能性が高い。命に関わる肺炎には注意だ」
「だな」

 急性か、常に気にかけてあげよう。急に容体がどうなるのか、私には予測ができないから。

「これからレクは、一進一退を繰り返すだろう」

「レクの病状は、まるでシーソーに乗っているように不安定に揺らぐ」
 院長の言葉に、卯波先生がつづく。

 先のことを考えると、プレッシャーと不安で怖い。

「今、いろいろな気持ちを思い浮かべているだろう。その気持ちは勉強につながる」
 不安でさえも勉強になるの? それより、まただ。

 どうして卯波先生は、私の心がわかるの?

「その目で見て、五感でも感じろよ」
 感覚的な院長らしいな。

「勉強をして知識が増えれば、今抱えている不安や恐怖は消え去る。プレッシャーなんか、はね除けられる」

 卯波先生みたいに、私にもできるかな。

「できるできないじゃない、答えは出ている。勉強をして、知識を深めるだけだ」

 卯波先生を見上げながら頷く首は、かくかくぎこちなくてロボットみたいでしょ。

「知識を身につけるんだ。漠然とした不安や恐怖に怯える時間が、もったいないことに気づく」

「あとは経験だ。新人の緒花に多くを求めてないから、緒花らしくしてろよ。そのうちに経験が追いつく」

 院長の笑顔と励ましに、私の心は安堵する。

「なんの心配もいらない、単純なこと。やることをやるだけだ」

「緒花の頭は単純なんだから、俺と卯波に言われた通りにやってろよ」

 『なっ?』って、肩を組んできそうな陽気な笑顔の院長の顔を見ていたら、頬が緩んできた。

 緒花の頭は単純なんだからは、余計だと思うよ、院長。