策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師

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 四月から狂犬病ワクチン予防注射で、朝からひっきりなしに患畜が途切れないから、体がいくつあっても足りないほど忙しい。

 そこへもってきて、五月からはそこにフィラリア投薬が始まり、忙しさに目が回る。

 この忙しさは六月いっぱいまでだから、あと数日。

「緒花さん、もう少ししたら問診お願い」
 受付から、顔を覗かせる坂さんのもとへ駆け寄る。

「今、お見えになったから、軽く様子を聞いて、問診票に記入していただいてる。新規でビーグルの楠木レク、一歳の男の子」

 どの子か、受付の陰から待合室を眺めると、エアコンの効いた待合室は、今日も変わらずオーナーと患畜たちで、ごった返している。

 その中で目に止まった子、あの子は初めて見た。

 オーナーに抱かれて、ぐったりとしているビーグルが一頭見える。あの子がレクだ。

「散歩中に発情期のメスに興奮して脱走。それは、よくある話なんだけど、運の悪いことに首輪が緩かったらしくて、首から抜けてしまったんだって」

 レクの情報を読み上げる坂さんの肩が、心なしか下がったよう。

「オーナーが散々、近隣を探しても見つからなくて、動物管理事務所に連絡した。それから五日後に、動物管理事務所から連絡がきて、レクは収容されてたって」

「見つかってよかったですね。でも、レクの様子を見ると」
 思わず言葉に詰まるほど、レクは生気に欠けて目に光がない。

「オーナーは風邪で、すぐ治ると思い六日間も様子を見てた。そのうち、嘔吐やお腹の下りが始まった」

 それでラゴムに来院と。

「レク、ぐったりしていて、つらそうですね」
「ただの風邪ならいいけど」

 しばらくして、問診票を記入し終えたオーナーを診察室に呼び入れ、問診終了。

 病状が病状なだけに診察室を出たら、足早にスタッフステーションに向かって、院長にカルテを見せた。

「ワクチン未接種か。緒花、動くな、手を」
 
 差し出す私の両手のひらに、消毒液を吹きかけて消毒してくれる。
 院長も感染症を疑っているんだ。

 院長の隣で、オペ用マスクと手袋を装着して、診察室に入った。

 院長は、明朗快活に治療方針を説明して、オーナーの言葉にも丁寧に耳を傾ける。

「保定お願い」
 採血のための静脈確保をして、採血した。

「レクちゃんの血検入ります」
 院長が肘で診察室のドアを開けて、スタッフステーション方面に向かって、坂さんを呼ぶ。