策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師

 われに返り、慌ててうしろを追って薬棚の前で待機していたら、診察室のドアが開いた。

「輸液の準備をお願い」
 いつもの抑揚のない声だ。素っ気ない声に安心するなんて、初めての感覚。

 モアに出したふにゃふにゃな声は、いったいどこにしまったんだろう。

 卯波先生には、どれだけたくさんの声色があるの?
 ものまねが、できそうなほどあるに違いない。

 そんなことを考えながら、体内に入れるには常温だと冷たいから、人肌になるまで輸液をレンジで温めた。

 そのあいだにシリンジと翼状針を準備して栄養剤も入れてって具合に、体は輸液の準備で自然に動く。

 数分後、診察室から卯波先生が出て来た。「言われなくても見て覚えて自分で考え、ここまでできるようになったのか」

 感心してくれながら「保定に入って」と指示。

 うしろについて診察室に入ると、モアが卯波先生の胸に飛び込んだ。

「モアは卯波先生が大好きで、私なんかいらないんじゃないの?」

 オーナーが笑いながら、モアを見つめる。
 そのモアの顔を卯波先生が見つめる。
 その卯波先生の顔を私が見つめる。

「ずっと逢えなかった恋人に、再会できたみたいよ、モアったら」

 張り合いなさげなオーナーの表情とは逆に、声は楽しそうな笑い声が混じる。

「モア、看護師さんに抱っこしてもらって」

 卯波先生からモアを受け取り保定したら、卯波先生がいなくなったと思ったみたい。

 急にモアがそわそわし始めて、切ない声で鳴きながら、あちこちに視線を馳せる。

「モア、先生ここにいるよ、大丈夫だよ」
 モアの目の前に顔を出して、撫でながら安心させてあげている顔を思わず二度見する。

「モア、ちょっとチクっとするよ、我慢してね」
 モアのお尻に輸液を注射する目の前の人。違う、いつもの卯波先生じゃない。

 あの抑揚のない口調の淡々としたクールさは、どこへ消えた?

「モア、痛くはないんだよね。お尻が気になるのか」

 器用な手を使い、お尻から翼状針を抜こうとするモアに三人が笑い声を上げた。

 愛らしいモアの姿やしぐさが、余計に笑いを誘う。

「ダメ、いけないよ、もう少しだからね」

 優しくモアをたしなめる声は、耳の奥に絡みつくような甘い声。
 えええ、あり得ない!