「サニー、来てくれたの? ありがとう」
 犬は、敏感に人間の心を察するっていうね。

 サニーが心配そうに隣で、じっと見上げながらついていてくれる。やっぱり今の私は、ふだんと違うのかな。

「サニー、ありがとう、私は大丈夫よ」
 あなたを撫でていると、心が落ち着くの、ありがとう。

 給餌が終わったから、スクリーンチェックをする卯波先生に「保定は大丈夫ですか?」って声をかける。

「ありがとう、大丈夫」って。私の顔を見ているのは初めて。

 いつもはスクリーンチェックをしながら、わざわざ視線を、私に移してくるなんてことはない。

「俺たち獣医師は、学生時代から気持ちの切り替え方を習得しているから、平常心でいられる」
 
 卯波先生も院長も、たしかにどんな緊急事態に直面しても、図太い振る舞いで切り抜けるよね。

 今、喋っている時点でも、冷静沈着で落ち着いていて、何事もなかったみたい。

「緒花くんがおなじように、すぐに気持ちの切り替えができるわけがないだろう」

 決して感情を表に出さない、強い心に引き寄せられる。

「初めて子猫たちの安楽死に関わり、心が疲れただろう。心に隠した想いは深く哀しいくせに、なんてことない平気な顔をして」

 こめかみや喉や鼻の奥が、つんと痛い。なにこの痛みは。
 わかってくれて嬉しいからだよ。

「気が強いな。唇を噛み締めて、必死に涙を溜めて耐えて。つらいことがあるのは、がんばっている証拠だ」

 ちょっと卯波先生、いつもの素っ気ないクールな卯波先生でいてよ。

「よくがんばった。だから自分を責めずに、哀しみごとすべてを受け止めてあげるんだ」

 どうしよう、まずい。返事のしるしに頷いたけれど、もう慰めてくれないでいいって。

「子猫たちの安楽死の問題は、どうにもならないことだ。だから、自分を裁くな」

 低くて頼もしい力のこもった声が、こんなにも安心させてくれるなんて。

「どうしてもつらいなら、俺が哀しみをなんとかする」
 触れていないのに、どうしてなの。力強い言葉に震えが止まらない。

「苦しいんだろう。誰かさんは耐えることが強くなることだと思っている。ときには問題から自分を解放するべきだ」

 駆け寄りたい想いが、一歩足を踏み出しそうな衝動に駆られて、行ったらダメと足の親指に力が入れる。

「我慢しないで、泣きたいときは泣け。おいで」