卯波先生に相手にしてほしいの。ふだん、素っ気ないから。

「我慢するなよ、痛いときは痛いって言え。そのときは、俺がなんとかする」
「はい。本当は、とても優しい卯波先生」

 顔も上げずに、ただただ処置を施す横顔。
 あれえ、私の言葉が聞こえないの? そんなわけない、とぼけちゃって。

 外見も性格も技術も、なにもかもで褒められ慣れしているでしょうに。

 さあ、なんて切り出そう。
 心の準備も整い、荒い鼻息が聞こえそうな大きな息を吐いて、ちょうど今、話しかけようとした瞬間。

「いらない」
 おっと。
 いつでも走り出せるように、つま先に力を入れていたところを、止められたみたいだよ。
 前のめりにコケるかと思った。

「いらない?」
「お返し」
「どうして?」
「いらないから、いらない」
「や、そっちじゃないです、どうして?」
「さあ」
 あれ、またとぼけた?

 どうして私の考えていることが、わかったのかってことが不思議なの。
 え、口に出したっけ?

 私、自覚ないまま独り言が、だだ漏れ状態なのかな。
「とにかく、お返しがしたいんです」

 私の言葉に、ようやく顔を上げた切れ長の二重瞼の目が、私の目を見つめる。

 たまにしか目と目が合わない卯波先生だと、ごく稀に見つめ合うと、どきどきしちゃうの。

 だから、そんな優しい目で見つめないでほしいの。どうしたらいいか困るし。

「緒花くんが喜ぶなら、それでいい。気持ちだけいただく」
「感謝の気持ちを形に表したいんです」

「十分に形になっている、その嬉しそうな笑顔だ」
 静かに首をくいっと、私に向けて振ってきた。

 最近、わかってきた気がする。
 笑わない人でも、優しい人は瞳の奥に優しい性格が出るってね。

 どきどきしているのに、卯波先生に見つめられると、吸い寄せられるように目が逸らせなくなる。

 それで、必然的に卯波先生の瞳の奥を、ずっと見つめているのかな。

「私は、卯波先生から動物看護師としての在り方を教えていただいてます」
「で?」
 で? 呆れた意味の()なの?

 それとも、つづきが聞きたい意味の()なの?

「つづき」
「あ、つづきか。卯波先生は、私から嬉しそうな笑顔を受け取ってる」
 卯波先生に向けて敬語も使わず、自信満々の演説もどきの私。

 処置中の卯波先生の口角が微かに、ぴくりと上がったのを見逃さない。
 今ちょっぴり笑ったよね。
 って、つづきって答えたよね。またわかったの?