「おはようございます」
「おはよう。大変だ、太もも腫れてパンパンじゃないか」

「失礼な。生まれつきです、腫れてません」
 また始まった。からかうように楽しそうな声を上げて笑っちゃって。

「院長、いけません。お年ごろの女の子なんですよ」
「緒花は気にしないから大丈夫。気にしないんじゃなくて、気づいてないんだった」

「院長!」
「おお、怖っ。ラゴムの坂鬼軍曹に怒鳴られた」

 明るさが溢れるように、笑顔を振りまく院長に、やれやれみたいに降参した坂さんが困ったように微笑む。

「おはよう」
 卯波先生の声を聞いただけで、心まで震える気がする。

「おはよう、もっと元気な声で入って来いよ」
「宝城の声は、ガード下のように騒々しい」

「もはや、俺の声は騒音か。そんなことないよな?」
 私に振る?

「院長は、明るくて元気な声。卯波先生は、落ち着いてて安心する声。両方から癒されてます」

「緒花、上手くまとめたな」
「素直な気持ちです」

 すでに卯波先生は真剣な表情で、スクリーンに視線を馳せている。

「宝城、いいか?」
 二人は患畜の話をしながら、入院室に入って行った。

「掃除しよう」
 卯波先生に、いつ切り出そうかなと考えながら、今ふと思った。

 あれこれ卯波先生のことで、考えを巡らせる時間が幸せって感じていない?

 一階の掃除を終わらせて入院室に行き、院長と卯波先生が処置中の空いているケージから、片付けと掃除をしていく。

「緒花くん」
 顔はきらびやかな大豪邸みたいなのに、表情は殺風景なんだよね。

 また顎で来い(・・)って。
「保定」

 会話が──。


 ──ない。

 コミュニケーションのきっかけを掴もうと、保定をしながら話しかける。

「昨日は湿布ありがとうございます」
 卯波先生は患畜を診ながら、なんのことかと不思議そうな顔をしている。

「更衣室のドアノブの」
「そんなのあったか?」

「とぼけてもダメですよ、クッキーもかけてありましたもん。ごちそうさまです」

 笑顔で顔を覗き込んでも、いっさい動揺を見せない。隙がないなあ。

「腫れていないか?」
「はい、卯波先生のおかげで大丈夫です」
「痛みは?」
「まだ少し」

「眠れないほどか?」
「ぐっすり眠れました」
「だろうな」
 失礼な。まるで、私に悩みごとがないみたいに。

「でも、まだ少し痛いです」
「わかった、わかった」
 子どもをなだめるような返事。わかっちゃった?