策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師

「だから、こうして桃を抱き締めていることが大好きだ」
 きっと顔も澄ましているんでしょ。

「桃のここも揺らぎだ、俺をリラックスさせる」
 温かく大きな手が、私の左胸に優しく触れる。

「桃との時間を少なからず犠牲にして、仕事が成り立っていることがある。なんのために仕事をしているのかという葛藤がある」

 プライドの高い卯波先生が、たまに吐く弱音は、私の母性を刺激してくる。
 溢れ出す愛しさに、たまらず卯波先生の腕にからめていた腕を、胸に抱き寄せる。

「桃の心臓の音は、俺をリラックスさせる」
 私も卯波先生の胸に、顔を埋めていると心臓の音が聞こえるから安心する。

「いつもありがとう。愛している人に愛されることほど素敵なことは、この世にない」

「私たちの気持ちは、お互いに支え合い、いつでも重なり合ってます」
 
 二人して無言で、しばらく時を忘れて、ぱちぱちと音を立てながら、薪がはせる暖炉の炎を、ただただ眺めていた。

「日々の暮らしで、桃が心地よいと感じたり、心からリラックスできることは?」

「海を眺めていると、心も体もリラックスします。せせらぎも」

「自然界にはそういった、多くの“ゆらぎ”が溢れている。いずれも一定ではなく、予測できない不規則なゆらぎがある」

「雨音もですか?」
「ああ。それが1/f(エフぶんのいち)ゆらぎだ。心地よく快適な気分になる」

 うしろから、ずっと優しく抱き締めてくれていた卯波先生。

「電車で眠くなるのも、揺れが1/fだからだそうだ。人が快感を感じるパターンなのだとか」

「だから赤ちゃんも抱っこされて、揺らされてると眠るんですね」

「桃も俺が不規則にゆらぎを与えると、気持ちよさそうな反応を見せる」
 鼻先で軽く笑う卯波先生が、あっという間に私を抱き上げた。

 サニーの散歩で迷子になったとき、初めて卯波先生に抱き上げられたときを思い出す。

 胸のどきどきが抑えきれない。
 まるで、心臓にハートでも飼っているみたいに鼓動が弾む。
 
「桃の思わぬ行動や、ころころ変わる表情。それらも予測できない不規則なゆらぎがある」

 卯波先生も、初めて出逢ったころを想い出しているかな。
「さあ、どうかな」
 また私の心を読む。

「卯波先生は、初めて私と出逢ったときから、私に癒されているのかもしれませんね」

「違うな」
 違うの? 否定されたら泣きそうになる。